相続における注意事例
- 1. 被相続人が,気付かないうちに連帯保証人になっていた
- 2. 遺言を作ったのに,相続人が被相続人よりも先に他界した
- 3. 遺産分割で,他の相続人が,私の相続分はゼロであると主張してきた
- 4. 節約しようと思って,自分で相続税の申告を行ったら,税務調査の対象となり,かえって税金が高くなった
- 5. 兄が父(被相続人)の借金を全部負担してくれると言っていたのに,私が借金を背負わなければならなくなった。
1. 被相続人が,気付かないうちに連帯保証人になっていた
1年前に,父が他界しました。
相続人となったのは,私だけでした。
父には目立った財産がなく,相続の手続きをする必要がないと思い,そのまま1年が経過してしまいました。
1年後,突然,名前も聞いたことがないような金融業者から電話がかかってきました。
その金融業者によれば,父の友人が1000万円の借金をしており,父がその連帯保証人になっていたというのです。
そして,最近債務者が夜逃げをしたため,相続人である私に,借金を支払ってほしいというのです。
金融業者が送ってきた契約書のコピーには,確かに父の自筆の署名と実印が押してありました。
私は,父の友人と全く面識がありませんでしたし,当然ながら借金の存在を知っていませんでした。
私は,この借金を,連帯保証人として支払わなければならないのでしょうか?
弁護士からのアドバイス
法律上は,相続人は,財産とともに,借金も相続することになります。
ですから,被相続人(今回亡くなられた方のことです)をそのまま相続してしまった場合(単純承認といいます)は,被相続人の債務も弁済しなければならないということになるのです。
しかし,いわれのない借金を突然払えと言われるのも不合理です。
法律は,一定の場合には,相続人が,被相続人の財産や借金を相続しなくてすむように,いくつかの制度を設けています。
- 1.相続放棄
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相続人は,相続放棄をすることにより,相続人の地位を失います。
相続放棄をすると,被相続人の借金を相続しなくてすむのです。
ただし,相続放棄は,被相続人が亡くなったことを知った時から3か月以内に,家庭裁判所で申述の手続きをする必要があります(この3か月のことを,熟慮期間といいます)。
被相続人が,家族に知られずに借金をしていた場合は,3か月で被相続人の借金を調査するのは,難しいことが多いです。
特に保証の場合は,家族に知られずに,契約書が交わされていることも,しばしばあります。
そのような場合に,何か手立てはないのでしょうか?
- 2.熟慮期間の延長
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遺産の調査の期間が3か月では足りない場合は,家庭裁判所で相続人は,熟慮期間を延長してもらうことができます。
延長された期間内であれば,相続放棄をして,借金を相続しないようにすることができます。
被相続人が借金しているかもしれないということは知っていたが,借金の額や相手を知らない場合には,熟慮期間を延長してもらうことを検討した方が良いでしょう。
ただし,この場合も,被相続人が亡くなったことを知った時から3か月以内に,家庭裁判所で熟慮期間の延長審判の申立てを行う必要があります。
それでは,そもそも借金があるかどうかさえ知らず,3か月経過後に借金の存在が明らかになった場合には,相続放棄をすることは,一切できなくなるのでしょうか。
- 3.熟慮期間経過後の相続放棄
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結論からいうと,借金の存在を全く知らなかった場合には,熟慮期間の経過がであっても,相続放棄が認められる可能性があります。
下級審では,遺産分割後に,被相続人に多額の連帯保証債務があることが明らかになった事案で,熟慮期間経過後の相続放棄の申述を認めた例があります(大阪高決平成10年2月9日家月50巻6号89頁)。
この点についての裁判例はまだ固まっておらず,必ず相続放棄が認められると断言できるわけではありません。
しかし,争えば裁判所が借金を背負わなくても良いという判断を示してくれる可能性はあります。
ですから,このような場合には,あきらめずに,専門家にご相談いただければと思います。(ただし,この場合も,債務が存在することを知ってから3か月以内に,相続放棄の手続を行う必要がありますので,できるだけはやくご相談ください。)
2. 遺言を作ったのに,相続人が被相続人よりも先に他界した
祖父には3人の子どもがいます。
長男である父は,私を含めた家族とともに,祖父と同居しており,長年にわたり,祖父の生活を支えてきました。
次男と三男である叔父は,長年祖父と会っておらず,疎遠になっています。
祖父は,長年同居してきた私たち家族に遺産を相続させたいと考え,遺産の大部分を父に相続させるという遺言を作成し,保管しておりました。
祖父は,私たち家族にも,遺言の内容を話しており,私たちも遺言の内容どおりの相続が行われるものと思っておりました。
その後,私の父が急死し,その数年後祖父が亡くなりました。
遺産分割協議が始まると,祖父の二男と三男である叔父が,自分たちには法定相続分があり,遺産の1/3をもらえるはずだと主張してきました。
私は,父の子であり,父の財産を受け継ぐ地位にあるはずです。
私は,叔父のこのような要求を呑まなければならないのでしょうか?
弁護士からのアドバイス
民法は,法定相続分を定めています。
遺言が残されていない場合には,法定相続分を基準として遺産分割が行われるものとされています。
事例のように,3人の子どもがいる場合には,1人当たりの法定相続分は,1/3となります。
事例の叔父の主張は,法定相続分を前提としたものです。
もちろん,被相続人が,遺言で,法定相続分と別の決め方をしている場合には,法定相続分のルールは適用されず,遺言のとおりに相続が行われることになります。
そうしますと,祖父の,遺産の大部分を父に相続させるという遺言が,有効かどうかが問題となります。
法律上の原則として,被相続人が亡くなった時点で,生存していない方は,相続人となることができません。
ですから,事例では,父は既に他界しているため,相続することができません。
また,父が亡くなったことにより,その子どもが代襲相続(子が亡くなったときに孫が相続すること)できるのではないかということが争われたこともありましたが,判例は,特段の事情のない限り,代襲相続を認めることはできないとしています(最判平成23年2月22日)。
ですから,事例の,父に事業用資産を相続させるという遺言は,父が亡くなったことにより,原則として,意味を失うことになります。
それでは,このようなトラブルを防ぐためには,どうすれば良かったのでしょうか。
まず,相続人である父が死亡したときに,新たに遺言を作り直すということが考えられます。
しかし,実際には,相続人が死亡したときには,被相続人が認知症などになっており,遺言を作り直せる状態ではないということが,しばしばあります。
結局のところ,遺言で,相続を受ける方が先に亡くなった場合のことを決めておかなかったことが,事例のトラブルの原因であるということができます。
遺言で,「○○が遺言者の死亡以前に死亡したときは,前条により○○に相続させるとした財産を,××に相続させる。」という条項を加えておけば,そうしたトラブルは防げたはずなのです。
このように,相続で失敗しないためには,トラブルを想定しつつ,そのトラブルを防止できる手立てを打っておく必要があります。
相続で失敗しないためには,一度信頼できる専門家に遺言をチェックしてもらった方が良いということができます。
3. 遺産分割で,他の相続人が,私の相続分はゼロであると主張してきた
私の父は,会社の社長であり,自社の株式の大部分を保有していました。
私には,4人の兄弟姉妹がいます。
私の父は,30年前から,私を後継者と決めており,その頃から,少しずつ,自社株を私に贈与してきました。
こうして,20年前には,会社の株式の大部分を私が保有するに至っており,会社の経営権も完全に私に移りました。
先日父が他界しました。
父は遺言を残しておりませんでしたので,ほどなく遺産分割協議が始まりました。
私としては,事業のために,父の遺産のうち,事業用資産だけは,取得したいと思っていました。
これに対して,兄弟姉妹は,私には多額の生前贈与がなされているから,遺産分割で取得できる財産はゼロだと主張してきました。
私は遺産分割において,遺産を取得することができないのでしょうか。
弁護士からのアドバイス
遺産分割が行われると,特別受益の主張がなされることがあります。
被相続人から相続人に対し,生前,生計の基礎となるような贈与が行われると,そのような贈与は特別受益とされ,遺産を前渡ししたものと扱われます。
遺産を前渡ししたものと扱われるわけですから,その分,遺産分割で取得できる財産はさし引かれることになります(これを,特別受益の持戻しといいます)。
場合によっては,計算上,取得できる財産がゼロとなることもあり得ます。
理屈の上では,何年前になされた生前贈与であっても,特別受益の持戻しの対象となります。
事例のように20年前に行われた贈与であっても,持戻しの対象となります。
これでは,未分割の遺産がある場合,後継者に集中的に事業用資産や自社株を承継させることができなくなってしまいます。
スムーズな事業承継を実現するためには,他の相続人による特別受益の主張に対して,対策を行っておく必要があったと言えます。
法律は,被相続人が,特別受益の持戻しを免除する意思表示をした場合には,遺産分割に当たり,特別受益の持戻しを行わないものとすると定めています。
具体的には,遺言書などで,「○○につき,これまでにした生前贈与については持戻しを免除する。」との条項を設けておけば良かったのです。
ただし,被相続人の財産の大部分について生前贈与が行われ,他の相続人の遺留分を侵害している場合には,他の相続人から遺留分侵害額請求権を行使される可能性があります。
たとえ持戻し免除を行っていたとしても,遺留分には影響しません。
ですから,生前贈与が多額に上る場合には,別途遺留分対策を行う必要があるということになります。
4. 節約しようと思って,自分で相続税の申告を行ったら,税務調査の対象となり,かえって税金が高くなった
1年前に,私の父が他界しました。
父の遺産には,先代から承継した都心の不動産(評価額1億円超)が含まれており,相続税の申告の対象となりました。
最初は税理士の先生に相続税の申告を頼もうと思っていましたが,評価の対象となる不動産は1つだけであり,あとは預貯金だけであったため,多少の手間をかければ,自分で申告ができるのではないかと思いました。
そこで,本を参考にしながら,自分で申告書を作成し,税務署で申告を行いました。
こうして無事申告が済んだと思っていたところ,最近になり,突然,私に対して税務調査を行いたいとの電話がかかってきました。
税務調査自体は,調査官ととりとめのない受け答えをしつつ,2日で終わりました。
その後,調査官から,不動産の評価額が1000万円ほど過少であり,当初の申告税額が過少であるとの指摘を受けました。
結局,修正申告をし,差額の税額分納付することになり,さらに過少申告加算税(税率は,10パーセント)なども納付することになり,税理士の先生に頼んだ場合の費用以上に,損をする羽目になってしまいました。
税理士からのアドバイス
相続税の申告は,所得税の申告に比べ,格段に複雑です。
申告書は第1表から第15表まで及び,記載すべき書面に,必要な事項を漏れなく記載するだけでも大変です。
とりわけ,不動産の評価については,専門家でさえ評価が分かれることもあり,専門的知識なしに評価を行うことは,非常に危険であるといえます。
相続税の申告を行った場合,税務調査の対象になるのは,3割ほどです。
そして,一度税務調査が行われると,9割弱が修正申告の対象となります。
税務調査では,何気ないやり取りを通して,徹底的に,相続税を増額すべき事情がないかについて,調べ上げられます。
したがって,申告においては,なるべくならば税務調査の対象にならないようにする,あるいは調査の対象になったとしても,調査を短期間で終わらせることが,大切であるといえます。
そして,税務調査の対象となるかどうかの一つの分かれ目は,申告書が詳細かつ緻密なものであるかどうかであるとされています。
ですから,結果的に相続税の申告で損をしないようにするためには,信頼できる税理士に,詳細かつ緻密な申告書を作成してもらった方が良いということになります。
また,場合によっては,相続税を減額できる事情があることがあります。
調査官は,通常は,そのような事情を指摘してくれません。
そこで,減額事情がある場合には,その旨指摘させていただきます。
その上で,減額のための手続きをサポートさせていただきます。
5. 兄が父(被相続人)の借金を全部負担してくれると言っていたのに,私が借金を背負わなければならなくなった。
2年前,父が亡くなり,兄と私が父を相続しました。
父は,生前,事業を営んでおり,工場の敷地などの事業用資産として,1億円の財産を所有していたのですが,運転資金などのために,1億4000万円の借金を負っていました。
父の葬儀が終わった後,私と兄で話し合いを行い,事業を引き継ぐ兄が,父の財産を承継し,その代わりに,父の借金を全て払ってくれるという内容の遺産分割協議が成立しました。
私は,財産を一切もらえなかったものの,借金を背負わずにすんだと思っていました。
2年後,亡くなった父の債権者を名乗る人から,連絡が来ました。
その人が言うには,兄は,事業を継いだ後,父の借金の返済が滞りがちになっており,何度も返済を引き延ばしてもらっていたのですが,数か月前に,兄が夜逃げをしました。
その人は,工場の敷地などを担保に取っていたものの,それだけでは,父に対する貸金を回収しきることができないと言っていました。
そこで,兄以外の相続人である私に,借金を支払ってほしいと言うのです。
私は,父から一切財産を受け継いでいませんし,そもそも兄が父の借金を全部払ってくれると言ったはずです。
それでも,私は,父の借金を背負わなければならないのでしょうか。
弁護士からのアドバイス
被相続人の金銭債務は,相続により当然に,各相続人に,法定相続分に従って承継されます。
事例の場合は,兄弟2人が相続人となるわけですから,法定相続分は,それぞれ1/2となります。
ですから,1億4000万円の債務の1/2,つまり,7000万円の債務を,相続により当然に承継することになるのです。
それでは,後で,相続人の1人が金銭債務を全額負担するという遺産分割が行われた場合は,どうでしょうか。
この場合も,債権者が承諾しない限り,債権者との関係で,債務の負担が変更されることはありません。
ですから,法律上,債権者は,相続人に対して,7000万円の債務のうち,まだ支払われていない部分について,弁済を求めることができるということになります。
もちろん,遺産分割協議が成立しているわけですから,兄との関係では,兄に債務を全額負担するよう求めることができます。
しかし,債権者との関係では,依然として,兄弟が1/2ずつ債務を負っているということになります。
それでは,事例のトラブルを防ぐためには,どのようにすればよかったのでしょうか。
法律は,相続放棄を行った者は,はじめから相続人ではなかったものと扱うものとしています。
相続放棄した場合には,被相続人の債務を承継することはありません。
ですから,事例の場合は,熟慮期間内(3か月以内)に家庭裁判所で相続放棄の申述をしておくべきであったということになります。